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水底のうたかた

たまさかのお喋り

としのせ、しのとし

川端康成『雪国』に関するブログを書いて以降、どんどん記事を書くぞ、と意気込んだものの、結局何も書かず仕舞いで年の瀬となりました。まずは恒例の今年の読書ベスト10を。以下、順不同です。 荒川洋治詩集(思潮社) 荒川洋治 これをはじめて読んだ時、自…

燃える薪を拾う、火から―川端康成『雪国』の基礎的技術の読解―

国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まった。 向かい側の座席から娘が立って来て、島村の前のガラス窓を落とした。雪の冷気が流れこんだ。娘は窓いっぱいに乗り出して、遠くへ叫ぶように、 「駅長さあん、駅長…

うるさい奴

年の暮れ。街にしずけさはとぼしい。それは東京の辺境であっても。駅にひとが屯していて彼らに行くところがあるようなのに驚く。彼らの目から目的地は窺えない。この世に生きている人間である以上、行く先などたかが知れている、などと思ってみても無駄で、…

はじめてのぎきょく

久方ぶりの更新となりました。 去年の5月半ばから、戯曲を書くか、と唐突に思いつき、ようよう書いたのでここに置いておきます。諸事情で一定期間を過ぎたらリンクのみ削除するかも知れません。 https://www.dropbox.com/s/8z8sfppyb9x8p4q/%E3%82%A4%E3%83…

短い漂流の後、ふたたび戻り年の瀬となって、それから。

雨滴の向こうには見慣れた光景がひろがっていました。見慣れている筈なのにどこか感興が去年と異なるのは、ふり解けない鎖の象徴だった景色が、やや懐かしさを帯びていることでしょうか。深緑色の葉も季が移れば枯茶色に色づくように。背後では絶えざるテレ…

6月12日――日記からの抜粋

https://www.dropbox.com/s/n6n57aj4ggm8w68/%EF%BC%96%E6%9C%88%EF%BC%91%EF%BC%92%E6%97%A5.pdf (PDF版) しきりに降っていた午前の雨はいつしかやんでいた。その名残、洗われた街々を掠めゆく澄みわたった湿やかな空気は地下鉄で数駅を跨ぎ見知らぬ土地へ…

習作掌編『じゅげむ』

不定期に更新している身としては前回からさほど間隔を空けずしての更新となりました。習作として掌編を書きました。以下のURLからPDFをDLできます。 https://www.dropbox.com/s/35sly5fktab5kmr/%E3%81%98%E3%82%85%E3%81%92%E3%82%80.pdf 今回は準…

あの坂の向こうは

記憶は場所に対して様々な変容をほどこす。平凡な光景も時には驚くほどの彩色を帯びて他人の目に映ることもあるし、それは大抵、他人とは分かち合いがたいものだ。小説を読み、ここにはわたしの幼年時代、わたしの童心がある。この小説の人物の苦悩はわたし…

おもしろうて、やがて悲しき東京紀

ぼくに日記を書く習慣があまりないのは出来事の正確な記録よりも、不可視の空気感や途切れとぎれのカットの寄せ集めを、写真を見返すように何度も頭のなかで反芻するのが好きで、それだけで満足してしまうからだ。まして他人に対して自己を記録的な形式で明…

最期には、孤独な舞踊

今年最初の更新になります。ほんとうは年末に掲載する予定で、草稿には年の瀬の挨拶とか書いてあったのですが諸事情により間に合いませんでした。まあ別に期限があるものでもないですが。 主に、最近観たまどマギの映画について考えたことをちょっとここに書…

ふと空を見上げても、年は暮れ

朝に回収に来るゴミを夜のうちに出す為に真っ暗な共同ゴミ置き場へ行くと、燈を灯した車が背後を擦過する、気がつけばそんな瞬間にさえふと年の瀬を感じるような空気になっていました。いつの間にか年末です。 私事になりますが去年に引き続き、今年は小説を…

習作小説『元・囚人番号44の証言』

久しぶりの更新になります。今回は小説を書きました。二万字程度の短編です。暇があったら読んでみてください。こちらのURLからPDFをダウンロード出来るようになっています。 http://www.kdrive.jp/file/id_2505391862710274.html とりあえず、ざっと弁解め…

自問自答する小宇宙――ノースロップ・フライ『批評の解剖』

批評は一芸術であるとともに、一科学ではないだろうか。――ノースロップ・フライ 批評とは何か、批評は何の役に立つのか、という問いかけは文学にまつわる歴史が堆積された現在になっても未だに耳にする機会が絶えないのが現状であると言えるでしょう。という…

徒然と一年をふりかえって。

次回の記事はベケットの『マロウンは死ぬ』を書こうと思いながら、色々なことに気をとられて書かないでいるうちに、年末を迎えてしまいました。はやくも予告を裏切るのが恒例となりつつあるような。それにしても一年のすぎるのがはやいような、長かったよう…

多重化された《私》の物語――サミュエル・ベケット『モロイ』

「私は母の寝室にいる。今ではそこで生活しているのは私だ。どんなふうにしてここまでやってきたかわからない。救急車かもしれない、なにか乗り物で来たには違いない。だれかが助けてくれた。一人では来られなかったろう。」 ベケットの綴る三作にわたる長旅…

小説の巧拙にかんする話

Twitter上でとある方と、主に(小説の)文章の上達の程度の測定にかんするやりとりをしました。そのさい、後に書き示してある会話の論点に対する私の回答があまりに不親切、かつ自身の目にも分かりづらかった為、その回答を書き直したところ、想像をはるか…