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水底のうたかた

たまさかのお喋り

徒然と一年をふりかえって。

次回の記事はベケットの『マロウンは死ぬ』を書こうと思いながら、色々なことに気をとられて書かないでいるうちに、年末を迎えてしまいました。はやくも予告を裏切るのが恒例となりつつあるような。それにしても一年のすぎるのがはやいような、長かったような、という感慨です。

 小説にかんしては去年から書き継いでいた作品を皮切りに計四作ほど書かせて頂いたのですが、個人的にはかねてからの目標だった賞に出すことと(結果は伴いませんでしたが)、また以前から活動の場にしていた同人において寄稿というかたちで本に載せて頂きました。そして、これを機に同人からは完全に手を引くことを決めたりと、両方の意味でひと区切りついた年だったと思います。この一年のあいだ、拙作を査読したり読んでしてくれた方々には、改めて感謝いたします。ほんとうにありがとうございました。そして出来れば、来年もまた引き続きおつきあい頂けるなら、これ以上の幸いはありません。

 

 さて、せっかくなので、今年読んだ本のなかから、小説7作、評論3作の計10作の印象に残った作品を挙げたいと思います。なお順番は五十音に従って並べており、優劣をつけるものではありません。

 

 

1 『アウステルリッツ』(白水社) J.W.ゼーバルト著 鈴木仁子訳

 アウステルリッツの空白の出自をめぐる物語に、語り手は静かに耳を傾ける。それはやがてアウシュビッツの凄惨な記録へとたどり着き……。写真、それに括弧を排除した話法が特徴的なこの作品は、記憶と記録について思いめぐらせながら、同時に語られることなく忘れ去られてしまったものへの深い哀悼に充ちています。小説だからこそ可能な、時間を超えた旅を優しく描いた作品として、またその形式の素晴らしさのゆえに、非常に印象に残った一冊。

 

2 『消去』(みすず書房) トーマス・ベルンハルト著 池田信雄訳

 自分の故郷や家族、さらには国家や宗教と、徹底的にドイツ的なもの、オーストリア的なものを憎む語り手の呪詛が三つの時系列を横断しながら延々と続く。息詰まるような世界観のなかにも、どこかユーモアがあったりするのですが、注目すべきは語り手の呪詛のなかにはどこかしら「誤解」が含まれていること。むしろわれわれは相互に誤解しあう生き物なのだ、ということをそこかしこに示唆する技巧は見事。誇張こそ芸術の要諦なのだ、と嘯くに至ってはもはや痛快です。下巻、復刊しないかなぁ……。

3 『小説の技巧』(白水社) ディヴィット・ロッジ著 柴田元幸

 小説の基本的な技巧を、例文を引用しつつ解説してくれるこの本ほど、記述とその記述がいかなる内容を示唆しているか――ある可塑性を持っているが為に、それは技巧と呼ばれるのですが――その密な関係を平易に教えてくれるものは、ちょっとほかに見当たりません。また、時にはその技巧を要請するに至った文学史的な背景なども交えてくれたりして、実に丁寧な内容です。小説をもっと深く読みたい人、もっとうまく書きたい人には是非お勧めしたい一冊。

 

4 『小説のストラテジー』(ちくま文庫) 佐藤亜紀

 口幅ったい言い方をお赦し頂けるなら、私のいままでの人生のうちで小説の読み方が劇的な変化をこうむった瞬間が二度あります。その一度目は、はじめて小説(らしきもの。いまとなっては)を書いて以降。二度目は、この『小説のストラテジー』に出会ったときです。これほどまでに旧弊的な小説観の解体を迫り、また鑑賞における闘争的側面をピックアップしてみせ、そして記述の厳密な読解と、そこから抽き出されうる甘美な快楽を例示してくれる本には、なかなかお目にかかれるものではありません。ちなみに私は単行本を購入しましたが、喜ばしいことに最近ちくま文庫に収録されました。しかも表紙がすごくかっこいいんですよね、欲しい……。

 

5 『名づけ得ぬもの』(水声社) サミュエル・ベケット著 安藤元雄

 ベケット三部作そのどれもが甲乙つけがたい作品だったのですが、ここでは代表して『名づけ得ぬもの』を挙げます。とにかく語るということは何だ? 語っている俺とは何だ? と疑問のなかに自己を徹底的に解体しながら進む作品。一進一退の問答のなか、語り手が見いだすものとは……。唯一無二という言葉がこれほど似合う作品もほかにないでしょう。

 

6 『ナチュラル・ウーマン』(河出文庫) 松浦理英子

 男、女という区分を超越して純粋な愛を求める容子の一人称百合小説。切ない、をとおり越してすごく痛々しい。松浦さんは同じ題材、モティーフを繰り返し扱う人ですが、それがこれほどまでに洗練と迫力を以てあらわれている作品はないかもしれません。花世×容子は最高です!!!

 

7 『眠れる美女』(新潮文庫) 川端康成

 表題作もさることながら、収録作「散りぬるを」の印象の強烈さゆえにランクイン。たとえば「眠れる美女」においては薬で昏睡した少女、たとえば「散りぬるを」においては語り手である作家と親しかった若い女性ふたりが殺害された不可解な事件をとおして川端が示したのは、彼方にある他者や事件と対比したときに露わになる、個人の思弁の限界です。先に挙げた『消去』が「誤解」によってそれをあらわしているとするなら、川端は「継続」のなかにひそませた「諦観」によって、それをあらわしていると言えましょうか。そして、そういうものを含んでいるがゆえにこの作品は、「ぞっとするほど美しい」。

 

8 『花のノートルダム』(光文社古典新訳文庫) ジャン・ジュネ著 中条省平

 裁判のときを待つ囚人、語り手ジャンを登場させることで、語ることにたいしてメタな要素を持ち込み、その要素を生かして恣意的な物語の歪曲や時系列の自由な横断を可能にしているという点で、この作品の、のちに私が傾倒したヌーヴォー・ロマン小説への影響は決して小さくないと思います。無論、ジュネに特徴的な犯罪者と犯罪賛美は、卑屈な倒錯意識を軽々と超えた美しさがあります。そしてそれを可能にする複雑なレトリック。再読したい本です。

 

9 『新版・文学とは何か』(岩波書店) T・イーグルトン著 大橋洋一

「文学とは何か、それはイデオロギーである。」そう断ずる著者は、マルクス主義者らしく背後にある社会史や批評の潮流などに目を配りながら、「文学とは何か」を定義しようと試みてきた様々な人物や理論をめぐる旅に読者を導く。実にそれは19世紀英国の、アカデミックな意図を帯びた批評からはじまり、哲学へと移りそしてラカン派精神分析やフェミニズム、ポストコロニアリズムまで網羅するこの本は、あまりに図式的であるけれども、とにかく文学史を体系的に学びたい人にとっては非常な好著であるはずです。この本から、気になる人物や理論について学ぶのもよいかもしれません。

 

10 『サロメ・ウィンダミア卿夫人の扇』(新潮文庫) オスカー・ワイルド著 西村孝次訳

 素晴らしいのは、収録作のうち「ウィンダミア卿夫人の扇」、そして「真面目が肝心」の両喜劇。どちらも映画化されています。特に後者の「真面目が肝心」に至っては、登場人物たちの価値観のずれが物語をねじ曲げにねじ曲げ、最後にはものすごい予定調和に終わる、という喜劇なのですが、そこに至るまでの過程の鮮やかさ、可笑しさがほんとうにすごいです。一ページごとに笑っていた記憶が、いまでもありありと思い出せます。ネタバレを恐れて詳細は書きませんが、是非一度読んでみてください。

 

 

 さて、そういう次第で今年の10選でした。個人的にはかなり濃厚な読書体験をした年だったと思います。現代思想やヌーヴォー・ロマンを読むなんて予想も出来ませんでしたし……。これもインターネットのおかげです。来年はもう少し読書ペースを上げたいですね、と思いつつ今年のうちにソコロフ『馬鹿たちの学校』を読み終わることなく年を越しそうです……。読了していたら10選に入っていたかもしれないくらい、これも凄い小説です。

 今年はほんとうにお世話になりました。皆さまの来年がいっそう素敵な、そして恙ない一年になりますように。